HISTORY 150年の軌跡

一橋大学のこれまでの歩みを
ご紹介します。

商法講習所時代

1875.08

商法講習所を私設

森有礼が東京銀座尾張町に商法講習所を私設する。9月24日同講習所の開業を東京会議所から東京府知事に届け出る。この日を本学創立記念日とする。
その後、1875年(明治8年)11月に商法講習所は東京会議所の管理に委任され、1876年(明治9年)5月に木挽町に移転し東京府立となり、矢野二郎が所長に任ぜられる。

木挽町時代の校舎
木挽町時代の校舎
矢野 二郎(1845~1906)
矢野 二郎(1845~1906)

東京商業学校時代

1884.03

東京商業学校と改称

農商務省の直轄となり、東京商業学校と改称。1885年(明治18年)5月に文部省の直轄となる。9月には東京外国語学校と合併し神田一ツ橋に移り、東京商業学校と称する。1886年(明治19年)1月、商工徒弟講習所を開き本校の附属とする。5月には大蔵省所轄銀行事務講習所を文部省の所轄とし、本校に附属させ、銀行専修科と称する。1887年(明治20年)6月、銀行専修科を主計専修科に改称する。

蔵書印の変遷(東京商法講習所→農商務省→東京商業学校→高等商業学校)
蔵書印の変遷:東京商法講習所→農商務省→東京商業学校→高等商業学校(一橋大学附属図書館所蔵)

高等商業学校時代

1887.10

高等商業学校と改称

高等商業学校と改称。修業年限は9月より予科1年、本科4年とする。1889年(明治22年)3月、附属主計専修科を主計学校と改称する。4月には予科1年、本科3年となる(予科は明治24年9月に2年となり、明治26年に1年となる)。1890年(明治23年)1月、附属商工徒弟講習所を職工徒弟講習所とし、東京職工学校(東京高等工業学校、現東京工業大学の前身)に移す。

第2回卒業式 明治25年
第2回卒業式 明治25年

1897.04

附属外国語学校を設置

附属外国語学校を設置。同年9月には専攻部を設置する(予科1年、本科3年の上に、専攻部1年)。1899年(明治32年)3月、商業教員養成所を設置する(1949年(昭和24年)廃止)。4月には附属外国語学校を東京外国語学校と改称し本校から分離する。9月、専攻部が2年となり、卒業生に商業学士(のちの商学士)の称号を与える。

東京高等商業学校専攻部竣工写真(遠藤於莵建築写真集より)
東京高等商業学校専攻部竣工写真(遠藤於莵建築写真集より)

東京高等商業学校時代

1902.04

東京高等商業学校と改称

東京高等商業学校と改称。商業教員養成所は附設となる。1909年(明治42年)5月、専攻部廃止の文部省令が発布され、文部省の方針に反発した学生が総退学意志を示すまでに至った、いわゆる申酉事件が起こる。1914年(大正3年)8月、佐野善作教授が校長に任ぜられる(本校出身者が校長となったのはこれが初。同氏は1935年(昭和10年)まで校長・学長として尽くした)。

校を去るの辞 武井大助氏起草 抗議の総退学を決議した学生らが、正門前において朗読した
校を去るの辞 武井大助氏起草
抗議の総退学を決議した学生らが、正門前において朗読した
佐野 善作(1873-1952)
佐野 善作(1873-1952)

東京商科大学時代

1920.04

東京商科大学に昇格

東京商科大学となり、大学学部のほか予科、附属商学専門部、附属商業教員養成所を置く(修業年限はそれぞれ3年)。1923年(大正12年)9月、関東大震災のため、神田一ツ橋における本学建物の大半を失う。1924年(大正13年)4月から本科の授業を神田仮校舎において開始し、同時に予科を石神井の仮校舎に移転する。1925年(大正14年)9月に創立50周年記念式を挙行する。1926年(大正15年)9月、勅令により、官制上初めて本学に附属図書館が設置される。

東京商科大学正門
東京商科大学正門
大震災当時の母校
大震災当時の母校
新校舎
新校舎

1927.04

国立仮校舎への移転

商学専門部及び商業教員養成所は国立仮校舎に移転する。1930年(昭和5年)9月、図書館、研究施設の竣工により、本科及び本学事務部・図書館がこれに移転する。12月には本科本館が落成し、事務部が移転する。1931年(昭和6年)10月、予科及び専門部廃止の案に対し、いわゆる籠城事件が起こる。1933年(昭和8年)8月、予科が小平校舎に移転する。

兼松講堂
兼松講堂
附属図書館
附属図書館
本館
本館
専門部本館(現東本館)
専門部本館(現東本館)

1942.02

東亜経済研究所が創設

官制による東亜経済研究所(後に経済研究所と改称)が創設される。1943年(昭和18年)4月、戦争が激化し、予科は修業年限が2年に改められる。1944年(昭和19年)3月には予科校舎、4月には商学専門部校舎が軍に貸与、 12月、兼松講堂・国立校舎の一部が軍需会社に貸与される。1944年(昭和19年)9月、東京産業大学と改称するが、1947年(昭和22年)3月、東京商科大学の旧名にもどる。

戦時色深まる大学
戦時色深まる大学

一橋大学時代

1949.05

新制一橋大学が発足

東京商科大学を新制一橋大学とし、商学部、経済学部、法学社会学部を置く。一橋大学に前期部を設ける。1950年(昭和25年)10月、創立75周年記念式典を挙行する。1951年(昭和26年)4月、法学社会学部を法学部と社会学部とに分離し、4学部とする。1953年(昭和28年)4月に大学院を設け、商学研究科、経済学研究科、法学研究科、社会学研究科の4研究科を置き、修士課程及び博士課程を設置する。1957年(昭和32年)4月、経済研究所の産業経営研究部門は分離し、一橋大学商学部附属産業経営研究施設として官制化される。1964年(昭和39年)4月、文部省訓令により一橋大学小平分校が官制化される。

創立75周年記念祭
創立75周年記念祭

1975.04

商学部を拡充改組

商学部を拡充改組し、商学科及び経営学科の2学科とする。同年10月に創立100周年記念式典を挙行する。1978年(昭和53年)4月に社会科学古典資料センターを、1980年(昭和55年)12月に情報処理センターを設置する。1996年(平成8年)4月、言語社会研究科(独立研究科)を置き、修士課程及び博士課程を設置する。5月には留学生センター(現国際教育交流センター)を設置する。また、国立キャンパスにおける四年一貫教育の実施体制が整備され、小平分校を廃止する。1997年(平成9年)4月、産業経営研究施設をイノベーション研究センターに改組する。

創立100周年記念式典
創立100周年記念式典

1998.04

経済学研究科を大学院重点化

経済学研究科を大学院重点化し、経済学部の基礎課程・応用課程を経済学科に改組する。国際企業戦略研究科(独立研究科)を置き、修士課程及び博士課程を設置する。1999年(平成11年)4月には法学研究科を、2000年(平成12年)4月には商学研究科、社会学研究科を大学院重点化。2003年(平成15年)5月、小平国際キャンパス完成記念式典を挙行する。

小平国際キャンパス(2021年、撮影 三井不動産株式会社)
小平国際キャンパス(2021年、撮影 三井不動産株式会社)

国立大学法人
一橋大学時代

2004.04

国立大学法人一橋大学の誕生

国立大学法人一橋大学となる。法科大学院(専門職学位課程)を設置する。2005年(平成17年)4月、国際・公共政策大学院(専門職学位課程)を設置する。2006年(平成18年)4月に国際戦略本部(現国際化推進本部)を、2010年(平成22年)5月には中国交流センターを設置する。2012年(平成24年)5月、一橋記念講堂を取得し、新「一橋講堂」発足記念式典を挙行する。2014年(平成26年)5月、社会科学高等研究院を設置する。2018年(平成30年)4月、商学研究科と国際企業戦略研究科を改組し、経営管理研究科を設置する。

一橋講堂
一橋講堂
千代田キャンパスの入る学術総合センタービル(右)と如水会ビル
千代田キャンパスの入る学術総合センタービル(右)と如水会ビル

2019.09

指定国立大学法人に指定

指定国立大学法人に指定される。指定された7法人のうち、社会科学系で唯一の指定国立大学法人として、日本の社会科学全体の水準を引き上げ、国際競争力の強化を目指す。

国立キャンパス(2021年、撮影 三井不動産株式会社)
国立キャンパス(2021年、撮影 三井不動産株式会社)

2025.09

創立150周年を迎える

1875年(明治8年)から150周年を迎える2025年(令和7年)には、150周年の記念事業を予定。これまでに積み上げてきた伝統と歴史を次の150年に向けてつないでいく。